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閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本 ( 江藤 淳 )

戦前から戦中にかけて日本でも検閲が行われていたが、それは国内法に基づくものであり、その法の存在は公にされていた。また、伏せ字の使用により、検閲されていたことを多くの国民が自覚することとなった。しかしGHQが行った検閲は、その事実を秘匿し、伏せ字や空欄の使用も認めなかったため、ほとんどの日本人は検閲済みの情報に接していたと言う自覚を持てなかったのである。しかも、この行為はポツダム宣言でも認められていないことなのである。そして検閲という言葉からは「占領政策に不利な情報の流布を防止する」に過ぎないと言うイメージを抱きがちであるが、GHQが行ったのは、さらに自分たちの都合の良い情報を流し、史実の書き換えまでも行う、謀略工作に近いものだったと言えるだろう。ドイツと日本の降伏は同等のものと思い込んでいる人たちがいまだに多いことなどを見ても、この検閲の影響は相当根深い。米国の公文書を丹念に検証することにより、この事実を洗い出した著者に深い敬意を表する。

1950年7月、シベリア抑留生活を5年も経験した後、スターリンの命令で中国・撫順戦犯監理所へ移送され、「洗脳」を受けた千人もの元日本兵がいる。<P>彼等は更に6年間、死刑の恐怖に常に曝されながら共産主義思想を勉強し、「改造された立派な人間」になれば国に帰れる、との必死の想いから「認罪学習」に励み、実際は犯していない「悪業を告白」するに至った。彼等は無罪放免となって帰国後、「中国帰還者連絡会」を組織し、「南京虐殺」や「三光作戦」という虚構の「日本軍の残虐行為」を謝罪して回っている。<P>彼等はれっきとした「洗脳」被害者である。<BR>米国では、朝鮮戦争時に中国で捕虜となった米軍兵士らが「反・米帝国主義者」となって帰国したことから心理学者による研究が進んだ。<BR>しかし、殆どの米国人は占領中に自国が日本に施した「ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム」という「洗脳」の存在を知らない。<P>撫順の日本兵は拷問は受けず、むしろ好待遇を受け、「何故こんなによくしてくれるのか?」「彼等の方が『善』で、『悪』は我々の方ではないのか?」と心理的にぐらついたところに「残虐を働いた我々が悪いのではない、日本軍のシステムが悪かった」という『免罪符』を与えられ、「皇軍及びその統帥者である天皇の責任を追及」する「立派な共産主義の理解者」となったわけである。<P>占領下、日本国民が「悪かったのは日本の軍部」と叫んで「過去の軍国主義」を反省し、「温情有る占領政策」に感謝していた構図に似たものを感じないだろうか?<BR>江藤氏の危惧したとおり、それは「現在もなお起こり続けている」。

かなり前に一度よみましたが再読。<BR>正直「検閲」の影響などたかがしれている、言わんとすることを抱えた<BR>個人の表現衝動がそんな制度や仕組みごときで根本的に左右される筈も<BR>なかろう・・・そういう認識は本書を読んで吹き飛んでしまった。<BR>偏執的とも思える執拗な資料批判でやや辟易とする部分もあるが、<BR>GHQによる検閲の周到ぶりや、与えた影響の大きさを鮮やかに<BR>示してくれる。地味だけどその執念に鳥肌が立ちました。<BR>初期の『作家は行動する』でみせた独自の言語への感性や関心は、<BR>ここでも形を代えて遺憾なく発揮されているように思います。<BR>江藤氏の著作の中でも好きな一冊です。

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