苦海浄土―わが水俣病 みんなこんな本を読んできた 苦海浄土―わが水俣病
 
 
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苦海浄土―わが水俣病 ( 石牟礼 道子 )

この本は水俣病の参考文献として常に上位に挙げられるものではあるが、私はこの「苦海浄土」よりも吉田司の「下下戦記」の方が数倍素晴らしいと思った。それは、吉田司の「下下戦記」の方が水俣病の「当事者の声」をよりフェアに記録していると感じたからだ。 <br /> <br />この「苦海浄土」はルポタージュ風のフィクションであり、水俣と水俣病を文学化した作品である。作者の基本的な構図として「前近代」と「近代」を対立させることで物語を成立させているが、その構図に拘るあまり「前近代」が美化され「当事者の声」もその文脈でしか記述されていないきらいがあるように思われる。 <br /> <br />吉田司の「下下戦記」を読んで分かることは、おそらく「水俣病」の苦しみの半分は「近代=工業排水」による病なのだけれども、もう半分は「前近代=ムラ的」な共同体による徹底的な差別によるものだということだ。この「苦海浄土」では「前近代」と「近代」という文学的構図に拘るあまり、その「前近代」と「近代」の”両方”に痛めつけられた患者たちの苦悩がフェアに描かれていないと思う。 <br /> <br />また「苦海浄土」での患者の描かれ方もどことなく文学的な「風景」のようで、「下下戦記」で描かれた登場人物のように「ああこの人は今も元気でやってるんだろうか?」と個人個人に対して読者が思わず心配になるような生き生きとした描かれ方はされていない。 <br /> <br />この「苦海浄土」が水俣病運動に対して果たした貢献というのは非常に大きいものだろうし、その点では重要な本ではあると思う。しかし、私にはこの本は「文学的すぎる」ように感じたし「被害者の声」のリアルさ(当事者性)もあまり感じなかった。私は、この本よりも吉田司の「下下戦記」の方が「水俣病」のルポタージュとして数倍素晴らしいと思うし、興味のある読者には「下下戦記」も是非読んでみてほしいと思う。

チッソが海に流した有機水銀に体を蝕まれ、破壊され、命を奪われたものたちの声を石牟礼道子さんが言葉に刻んでいます。患者となってしまった漁民たちが発する言葉は、生命を軽視し利益を優先する企業倫理に身を染め、かつて持っていたはずの心の世界ー命への底抜けの優しさと信頼ーを失ってしまった日本人の心をえぐります。この本に詰まっている言葉に何度も触れて、失ってしまったものを取り戻したい。たとえ、激痛に襲われたとしてもー

多くの人々が水俣病という公害があったことを学校の社会の授業などで勉強し、知識としては知っているでしょう。でも、「水俣病=公害」という理解の仕方がいかに表層的かを本書を読んで痛感するのではないでしょうか。つまり、本書を読めば、水俣病とは、本当はどういった状態であったのかをイメージすることができるようになるのです。水俣病にかかって死んでいく人々の軌跡や、水俣病という恐怖が村を飲み込んでしまう恐怖が書かれています。<br>著者の石牟礼道子さんは、水俣のすぐ近くに住まれていたようで、実際に水俣に赴き、聞き書きをするのですが、「言葉として聞き取ることができないもの」をも自らの言葉として汲み取り、表現しています。それが単なる創作とはまったく異なる切実さを持って作品を支配しています。<br>タイトルにも挙げたように若い人こそ読むべきかもしれません。かくいうワタシも80年代生まれで、水俣病のことなぞ何も知っていなかったことを思い知ったのですから。

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