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知識人とは何か ( E.W.サイード 大橋 洋一 )

 サイードは本書の中で知識人のあるべき姿を語っている。だが、これはむしろ私たちひとりひとりに自らのあり方や生き方を問うているのだと考えたほうがいい。たとえば、彼は何度となく「弱者の側、満足に代弁=表象されていない側、忘れ去られたり黙殺された側につくか、あるいは、大きな権力をもつ側につくか」と選択を迫る。ずばりストレートに、そして、きわめて真剣に。私にはそれがサイードという個人の生き方を端的に表しているように思えてならない。そんな彼だからこそ、たとえば「もし敵による不当な侵略行為を非難するならば、自国の政府が弱小国家を侵略した場合にも、ひるまず非難の声を上げられるようになっていなければならない」というこの上なく単純明快で、しかも力強い主張が生まれてくるのだろう。本書で読むべきはこのような圧倒的に魅力的な個人である。若い人たちは大いに励まされるんじゃないか。

先日(二十四日)、E.サイードが亡くなった。<BR>享年六十七才、死因は白血病だったという。<BR>後年の彼はパレスチナ問題について、<BR>繰り返し米国政府を批判してきた。<BR>だが、彼はただそれだけの人物ではない。<BR>批判だけなら、誰でもできることだ。<BR>この本でサイードはこう述べている。<BR>知識人なら、自らの信念にのみ従うべき――。<P>その通りに生きたひとを、私は寡聞にして知らない。<BR>言い方は悪いが、これを機会にご一読をお勧めする。

揺れない葦としての知識人。<BR>日本の言葉に掛けて言うなら、「実るほど頭を垂れぬ稲穂かな」とでも言うべきだろうか。<BR>知識という非物質的な所有によって自己を豊かに、そして自分の信念を確固たるものにするにつれ、その信念に反するものに対しては―それがたとえ自らの所属する国家や社会であろうとも―いかなる容赦もせず敢然と批判を為す、それが知識人だ、と。

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知識人とは何か&nbsp;&nbsp;&nbsp;パレスチナ生まれの批評家、研究者として、常に世界の現実に批判的な目を向け、政治的発言、行動もいとわなかった著者による精神的自叙伝。『オリエンタリズム』をはじめとする主著の多くは学術的な色彩が強いが、本書は英国BBC放送向けに行われた講演をまとめた内容だけに、比較的平易な用語でつづられている。それだけに、20世紀後半を代表する世界的哲人の膨大な業績のエッセンス、入門編として位置づけることもできる1冊である。 <p>&nbsp;&nbsp;&nbsp;主要なテーマである知識人論に関する主張は明確だ。単に知識を持つ者のことではなく、自立的に自己を見つめる「永遠に呪われた亡命者」こそが知識人なのだと著者は説く。権力に迎合せず、狭い専門性に閉じこもることなく、少数派であることを受け入れる。そんな知識人の特徴が、「大衆」「アマチュア」「周辺的存在」などといったキーワードとともに展開されていく。こうしたスタンスは、米国市民でありながら、繰り返し米国政府のパレスチナ政策に異論を唱えてきた著者の生涯ともぴったり一致する。 <p>&nbsp;&nbsp;&nbsp;重要なのは、知識、批判、議論を自己目的化してはならないという論点だ。常にマイノリティーの立場に立ちながら、その集団に属することなく、むしろマイノリティーを選別する境界線の存在を否定していくのが本書における著者の戦略である。自己と他者を分かつものの歴史的な本質は何か。その点から目をそらさない本書における著者の思考の粘り強さは、それ自体が理想的な知識人としてのモデルを体現している。(松田尚之)
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