著者の山際淳司は偏りを持った取材をしているライターが多い中で、取材相手と自分の位置関係を適切に保つノンフィクションライターである。したがってこの作品もノンフィクションとか小説ということではなく、ルポとして読むといいのではないか。<P> 作品は、１９７９年夏の甲子園の箕島対星陵の３回戦の「八月のカクテル光線」、１９７９年広島対近鉄の日本シリーズ最終戦の「江夏の２１球」、ボート競技ででオリンピックを目指した「たった一人のオリンピック」、プロ入りした投手の野球人生を描いた「背番号９４」、かっこよさにこだわるボクサーの「ザ・シティ・ボクサー」、 スカッシュの十年連続日本チャンプの「ジムナジウムのスーパースター」、マイペースな練習で超スローカーブを勝負玉とする高校球児の「スローカーブをもう一球」、棒高跳びにチャレンジする「ポールヴォルダー」で構成されている。<P> ここでは「江夏の２１球」を紹介する。昭和５４年広島対近鉄の日本シリーズ第７戦９回裏、江夏が自らノーアウト満塁のピンチを作り、そして自らそのピンチをくぐり抜け優勝するのだ。江夏が投げたたった２１球。その一球一球を追いつつ、江夏を中心にバッター、ベンチ、バックネット裏に交錯する心理を巧みに描写している。たノンフィクションの傑作である。特に、古葉監督がリリーフをブルペンで準備させているのを横目で見た江夏が憤り、それを察知した衣笠の「オレも同じ気持ちだ、お前がやめるんならオレもやめる」の一言で江夏が冷静を取り戻す情景描写は見事。<P> 山際氏の文章はさらりとしていて、余計な修飾語や押し付けのような批判はしない。しかしそれでいてその場面の風景や人間模様が頭に浮かび上がってくるの不思議で仕方がない。 <P> 余談であるが、山際氏が１９９５年に４６歳という若さでなくなったことは、日本のスポーツジャーナリズムにとって、非常に惜しいことだと思う。
｢八月のカクテル光線｣。<BR>野球は筋書きのないドラマ。<BR>事実は小説より奇なり。<BR>かつて、どんな言葉も色あせるほどの試合があった。<BR>一九七九年夏の甲子園。箕島高校対星陵高校。<BR>誰もがゲームセットを予測したであろう、一見、なんでもないようなファーストへのファウルフライ。<BR>が、どうしたことか一塁手は落としてしまう。<BR>それでもまあよくあることだ。<BR>次の瞬間のホームランがなければ・・。<P>信じられないような光景にあっけにとられたあの夏。<P>”あの人”はどうしているのだろう、と気になっていた。<P>スポーツライターとして有名な山際氏の作品に、<BR>”あの夏”を書いたものがあると聞き、早速買い求めた。<P>ー 落球した、加藤です。 ー<P>思えば、もう２４年前のことなのだ。<P>!の後も、甲子園では伝説になるような名勝負がいくつか生まれている。<BR>山際さんの手で再現されたものが読みたいのに、かなわぬ夢だ。<BR>早すぎた死を悼みます。
もしもあなたが，スポーツにまったく興味がなく，ＴＶなどで観ることもなく，今までまともに運動をしたことがないのなら，この本を手に取ることもないかもしれない。一目見るだけでは，スポーツについて書いてあるように見えるからだ。<P> それは誤解である。<P> ここに書かれているのは，スポーツを通して現れる栄光と挫折であり，喜びと苦しみである。競技の向こうにある競技者の内面である。主題は「スポーツをする人」であり「人のするスポーツ」ではない。中心には常に人間がいる。それぞれの文章は短く端的にまとめられ，余計なものがない。<P> 人間の魅力をスポーツという題材を通して表現した作品は数多い。だが，この本ではその両者のバランスが絶妙であり，見事に引き立てあっている。<P> 私はかつて身体を動かすことを嫌い，スポーツ観戦をすることもなかった。今もそれは変わらない。<P> それでも，山際淳司氏の本を読み続けている。
